法人となり、よりさまざまなプレーヤーが参画・共創しやすい体制となった同社は、ペット業界や動物医療の世界に、どんな変革を起こそうとしているのか。法人化のプレスリリースが発表されたばかりの7月上旬、QAL startupsの中心メンバー3名に話を聞きました。
動物医療の専業各社「株式会社QIX」、「株式会社EDUWARD Press」、「株式会社エレファントピクチャーズ」と「株式会社quantum」が共に立ち上げた、スタートアップスタジオ「QAL startups」。獣医療を起点とし、人とペットの間にある課題を解決することで、QAL=Quality of Animal Life(動物の生活の質)の向上に貢献する新規事業を連続的に創り出していくことを目指しています。
QAL startupsの中心メンバーは、獣医師であり連続起業家、株式会社QIXの代表取締役社長、生田目康道とquantum代表取締役社長である高松 充。そして、2020年7月1日のQAL startups法人化にともない、QAL startupsの社長に就任したquantumの金 学千。動物医療の市場を熟知する動物医療の専門各社と、事業創出のノウハウを持つquantumが合流することで誕生した組織です。
法人となり、よりさまざまなプレーヤーが参画・共創しやすい体制となった同社は、ペット業界や動物医療の世界に、どんな変革を起こそうとしているのか。法人化のプレスリリースが発表されたばかりの7月上旬、QAL startupsの中心メンバー3名に話を聞きました。
――生田目さんと、高松さん、金さんの、そもそもの出会いからまずはお話しいただけますか? | |
高松: | 初めて生田目さんとお会いしたのは、4年ほど前ですね。共通の知人を介してお会いしました。僕自身も動物関連のビジネスには興味があったのですが、獣医師の方と実際にお話する機会はなくて。「ぜひ一緒に何かやれたらいいですね」とお話させていただきました。 |
---|---|
生田目: | 正直なところ、初めて会ったビジネス側の人は、ほぼみんな「ペットのビジネスに興味があるんですよ」とおっしゃるので、1回目は受け流すんです(笑)。でも、高松さんはその後も数カ月に1回はコンタクトをとってくださって。 |
ただ、いままでは我々の本業を強固にしていかなければならないフェーズだったので、なかなかご一緒する機会を持てずにいました。でも、そうやって交流を続けるうちに、やっとタイミングが来て、こうして形にできたというわけです。 |
金: | 僕は生田目さんと高松の間に関係ができてから、ですね。2年前にワークショップのファシリテーションをさせていただき、そこから関わらせてもらっています。 |
---|
生田目: | 最初、quantumさんとお話したのは、うちのリブランディングに関する相談でしたね。 |
---|---|
高松: | 一緒に新たなビジョンを考えたいということでした。そこで、我々から「QAL=Quality of Animal Lifeの向上」という考え方をご提案差し上げて、「では、QALの向上を実現するためには、一緒に事業を行ったほうがいいのでは」という話になっていった、という流れです。 |
生田目: | もう少し詳しく説明すると、我々はペット関連の事業を複数展開している企業ですが、生活者向けのものは動物病院しかないんです。専門サービス業として、動物医療の提供を飼い主さん向けにやることはできていたけど、それ以外のものはなかなか難しかった。 |
しかし、飼い主さんと医療現場のコミュニケーションを円滑にするような仕組みは、いまのペット業界に欠けているし、必要とされているものです。ただ、それをやるには自社だけでは無理だから、他社さんとアライアンスを組みながらやっていく必要があると思っていました。だからquantumさんとは、そのプロダクトなり、サービスなりを一緒に作っていきましょうとお話していたんです。 |
――つまり、当初はtoCの商材開発の相談だったわけですね。 |
生田目: | はい。でも私たちがquantumのことを理解すればするほど、自社でプロダクトを1つ2つ作るよりも、動物医療やペット事業の領域に本格的なスタートアップスタジオを持ち込み、連続的に新規事業を生み出したほうが、社会的な意義が大きいと感じるようになりました。そこの考え方で高松さんたちとも一致して、QAL startupsを立ち上げることになったのです。 |
---|
――ペット業界で解決したいことを突き詰めていったら、スタートアップスタジオにたどり着いた、と。では、生田目さんが「ペット業界において解決したい」と考えていた課題とは、具体的にどういうものだったのでしょう? |
生田目: | まず専門のコンサルティング会社がない。細分化された領域の専門家はいるのですが、根本の事業の立ち上げを支援する組織や団体がないんです。事業アイデアを持っている人はたくさんいても、最後のツメが甘くて、事業として成り立たないケースがたくさんある。そこを解決するために、総合的な支援ができるQAL startupsのような仕組みが必要だと感じていました。 |
---|---|
――その「ツメが甘い部分」とは? |
|
生田目: | 業界外からの参入で言うと、飼い主さんの目線だけで事業を考えてしまう。生活者のニーズは捉えていても、本質的に医療として正しくないものになっていたり、現場の獣医師が賛同しづらいものになっていたりと、配慮が行き届いていないことがけっこうあるんです。 |
高松: | 語弊を恐れずに言うと、「動物医療をハッキングする」と考えるのはいいんです。でも、テクノロジーファーストで考えすぎると、医療の現場で使いにくいものになったり、動物病院のオペレーションにはまらないものになったりしてしまう。 |
---|---|
生田目: | その一方で、既存のプレーヤー側では、業界のルールだけを満たしていて、生活者に利用してもらうための発想が抜けているから、事業が成り立たないものも多い。 |
金: | 結局、飼い主さんの側、動物医療の先生たちの側の両方の課題を解決するようなサービスでなければ、広まっていかないのだと思います。でも、このQAL startupsは、そこを十二分に突破できる座組になっています。 |
生田目: | 挑戦が世の中を発展させるので、新規参入を否定するつもりはないのです。ただ、たとえば最近は、D2Cでペット向けの健康関連のプロダクトを開発するスタートアップが増えていますが、商品をオンラインで購入しやすい仕組みの方はできていても、肝心の健康関連のプロダクトそのものが、エビデンスベースになっていなかったりする。逆に既存のプレーヤーが作ったものは、商品はエビデンスベースなのに、生活者にとって圧倒的に買いづらかったりします。そういうことがペット業界には本当に多いんです。だからこそ、我々みたいな業界のプレーヤーがquantumさんと組むことに意味があると思っています。 |
――反対にquantumサイドですが、動物医療やペット業界にビジネスとしての可能性をどう見ていたのでしょう? |
高松: | ペット関連産業の市場規模は1.5兆円と、かなり大きなマーケットです。しかも、わんちゃん、ねこちゃんは、いまの日本に1800万頭もいて、これは18歳以下の子どもの数とほぼ一緒なんですね。数字だけ見ても、それだけの可能性がある。一方で、(人間の)子ども向けには当たり前にあるサービスも、ペット業界にはなかったりします。 ということは、レッドオーシャンに見えるマーケットだけど、見方を変えれば、まだまだ市場の広がる余地がある。だからこそ、ひとつのプロダクトやサービスで切り込んでいくのではなく、連続していろんな事業を生んでいくことが必要なのではないかと思いました。 |
---|
――子ども向けには当たり前にあるサービスが、ペット業界にはない。それは、たとえばどういうものでしょうか? |
高松: | 子どもと医療の関係で言えば、親はまず近所にかかりつけ医を探しますよね。しかも、できれば評判のいい医師を選びたい。これはペットの飼い主さんも一緒です。しかし、ペット業界では信頼できる獣医師を見つける方法があまりない。医師に関する情報(学歴や専門領域など)がほとんどオープンになっていないからです。 もちろん、そういう情報を公開することによって、不利益を被る方もいらっしゃると思います。ただ、昨年末に獣医師を対象にアンケート調査をしたところ、情報をオープンにすることにより、自分に対する信頼性を高めたいと考えていらっしゃる先生がかなりいることがわかりました。 だから、飼い主さんにとっても、獣医師にとっても、信頼できる動物病院の検索サービスがあれば、すごく喜ばれると思います。一般の病院では近いものはありますが、動物病院が対象となると、まだないですからね。 |
---|---|
金: | そのレファレンスとして僕らが見ていたのは、アメリカの「ZocDoc」です。病院検索レビューサイトで、いまから行ける病院を検索でき、行ったあとには病院を評価できる。ただ、僕らは海外の事例をそのままやりたいわけではなく、いかに日本に合わせてカスタマイズして、飼い主さんと獣医師の両者の課題をいかに解いていくか。そこが大切です。これは一例ではありますが、そういうことを日々議論しています。 |
生田目: | それからQAL startupsとして大事なことは、他社様とアライアンスを組んだり、一緒にプロモートしたりしたほうが、より大きなものになると思えることをやっていく。僕らはそのサポート役です。何でもかんでも自分たちが中心になって、「QAL経済圏」を作るつもりはないんです。 |
---|---|
――では、QAL startupsの会社としての目標は? |
|
生田目: | 渋沢栄一じゃないですけど、あとから振り返ったときに、「あれもこれもQAL startupsから生まれたんですね」と言われるようにしたいですね。渋沢栄一は300とか400の事業を作ったと言われていますが、我々は100を目指したい。 |
高松: | 一般的には、市場規模が30億円を超えると競合が参入してくると言われています。まずは、QAL向上に貢献する新しい事業で30億円規模の新しい市場を創りたい。100個の事業合計で3000億円。そのくらいの目標を持っています。 いまはペットに関して専門的な教育を受けた人が、その能力を発揮できる仕事が足りていないとも聞きます。100の事業を作っていけば、ペットを純粋に好きな人が働ける環境を増やすこともできる。ビジネスをやる以上収益を生み出すのはもちろんですが、雇用機会の拡大にも貢献していけたら一生をかけるに値する仕事と言えるのではないかなと思います。 |
---|---|
金: | 我々が作りたいのは「QAL経済圏」というよりも、「QAL共栄圏」ですね。共に栄える仕組みを生み出したい。だから、1.5兆円の内の3000億円を取る、という意味ではなく、現状1.5兆円の市場規模を更に広げるつもりでやっていきます。 |
――まだQAL startupsは立ち上がったばかりですが、これから新規事業アイデアがたくさん寄せられる予感はありますか? |
|
高松: | それはQAL startupsをやる前からありました。quantumは、様々な企業様の企業内起業家育成プログラムのお手伝いをさせて頂いているのですが、こうしたプログラムにおいて実施企業の社員さんから、ペット関連の事業アイデアが毎回と言っていいほど出てきます。ただ、実際に事業化を目指すためには、動物病院とのネットワークが不足していたりするので、そこで生田目さんにご協力いただくということは以前からやっていました。 そういう経験があるので、ペット業界への参入を考える異業種の企業さんから見たときに、QAL startupsは相談しやすいプラットフォームに見えるはずだと思っています。だから、どちらかと言えば、多数寄せられるご相談やアイデアをどう選別させて頂くかのほうが大事かなと思いますね。 |
――人材面では、どういう人に起業家候補として参加していただきたいですか? |
|
金: | QAL向上につながる製品・サービスの開発を目指すのは大前提として、仮説でもいいから、生活者だけでなく、動物医療の現場にとってもいいものを生みたいという視点を持ってもらいたいです。それさえあれば、あとは対話しながら一緒に事業を伸ばしていく方法を考えやすいので。 |
生田目: | アイデアは誰でもあるんですよ。あとはそれを事業としてやりきる熱い心があるかどうか。それだけです。 |
高松: | つまらない答えかもしれないけど、最後はやりきる力が左右しますからね。 |
金: | 我々がquantumでそういう場面をたくさん経験してきたように、事業で解決すべき課題さえ正確に捉えていれば、アイデアそのものはピボットしていけますし。 |
生田目: | それはそうですね。斬新なアイデアかどうかよりも、自分は何を解決したいのか。そこに情熱を持って取り組める人と、一緒に新しい事業を作っていきたいと思います。 |